大判例

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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1939号 判決

控訴人 竹田昌宣

被控訴人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し金九二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年六月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言。

2  被控訴人

(一)  主文同旨。

(二)  仮執行免脱の宣言。

二  当事者の主張及び証拠。

次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の当審主張)

仮に原判決の判示するとおり、前訴の訴外会社・控訴人間の大阪地裁昭和四五年(ワ)第一七六一号損害賠償請求事件(前訴判決は別紙のとおり)の審理において控訴人主張の留置権の被担保債権の内容が明らかでなかつたとしても、前訴担当裁判官は、控訴人の留置の抗弁をそれ自体失当であるとし、被担保債権の存在を要証事実とせず、全く立証の必要を認めなかつたので、控訴人には右事実について立証の余地はなかつた。

理由

一、本件のように、甲対乙の機械引渡債務の履行遅滞による損害賠償請求事件の請求認容の第一審地裁判決(前訴判決)が控訴期間の徒過により確定した場合、再審により前訴確定判決を取消す判決が確定しないかぎり、前訴確定判決の違法に基づく乙対国の国家賠償請求訴訟において、乙は、前訴確定判決の既判力が生じる事項についての担当裁判官の判決行為自体の違法の主張をなしえず、裁判所も、右違法の判断をなしえないと解すべきである(以下、制約説という)。その理由は次のとおりである。

(1)  裁判官の行う裁判に対する国家賠償法の適用については、裁判の本質に由来する制約がある(最高裁昭和四三年三月一五日第二小法廷判決、判例時報五二四号四八頁参照)。

(2)  設例の場合、反対の無制約説に従うと、前訴確定判決と、前訴確定判決の既判力が生じる事項についての担当裁判官の判決行為自体の違法を認定する確定判決(国家賠償請求認容判決)とが、適法有効に併存する結果が発生しうることになり、確定判決による法的安定性という裁判制度の目的を達成しえないことになる。

(3)  設例の場合、乙は、前訴判決に対し、判決確定前には、三審制の上訴制度による救済手段が与えられている(再審事由は重大な瑕疵に限定されているが、これは、軽微な瑕疵は判決確定前の上訴審において主張すべきことを前提とした限定であり、確定判決による法的安定性のために必要な限定である。ただし、再審事由につき解釈論立論の余地はある。)。右の救済手段により、制約説を正当化する手続保障が乙に確保されている。右の救済手段は、乙が判決に不服な場合に、乙の申立により利用しうる救済手段であるから、前訴が乙の本人訴訟であるときでも、乙が右の救済手段を利用しなかつたことによる不利益は、乙の自己責任に帰すべきものである。

(4)  設例において、前訴判決が、三審制の上訴制度、再審制度等の救済手段が与えられている刑事事件の有罪判決である場合も、上記理由と同一理由により、制約説を採るべきである。前訴判決が右の刑事判決である場合に制約説を採りながら、設例の民事判決の場合に無制約説を採るべき理由はない。

(5)  設例において甲が国の場合、無制約説に基づく国家賠償請求認容は、国対乙の前訴確定判決の既判力に反することになる。

二、控訴人は、前訴確定判決に対し再審の訴の提起もしないで、本訴請求原因として、前訴確定判決の既判力が生じる事項についての担当裁判官の判決行為自体の違法のみを主張している。

したがつて、右一の法理により、控訴人の本訴請求は理由がない。

三、よつて本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西勝 松浦豊久 志水義文)

(別紙)

前訴判決の主文、事実及び理由

主文

被告は原告に対し金八二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

(当事者双方の求めた裁判)

一、原告 主文一、二項同旨の判決及び仮執行宣言

二、被告 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

(原告の請求原因)

一、原告はミシン縫製業を営んでいるものであり、被告はスパロール製作所でミシンの販売、修理を営んでいるものである。

二、原告は昭和四三年一月一二日被告に近藤製営業用動力高速ミシン機の改造修理方を依頼し、一週間乃至一〇日以内に修理する約で該ミシンを被告に引渡した。

三、しかるに被告は右ミシンを修理せず、且つその後原告の再三、再四の返還請求にも拘わらずこれを留置し、昭和四四年一一月二七日に至りようやく未修理のまま返還して来た。

四、原告は被告の右債務不履行により昭和四三年一月一二日から同四四年一一月二七日迄の一年一〇カ月の間右ミシンを使用することができなかつた。

原告は右ミシンを日曜祝日を除き一月のうち二五日使用し、一日当り金二、五〇〇円、一カ月当り金六万二、五〇〇円の純益を得ていたもので、前記の期間右ミシンを使用できなかつたため原告は合計金一三七万五、〇〇〇円の損失を蒙つた。

五、よつて原告は被告に対し右損害の内金八二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一一月二八日から右支払ずみまで民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

一、請求原因一、二、三項は認める。

二、同四項は争う。

(被告の抗弁)

一、被告は従来一人で一台しか使用できなかつた工業用ミシンを一人で二台以上使用できる機械装置を製作する特註メーカーであつて、原告は従来行つていた外地向メリヤス縫製から内地物婦人用下着の縫製に切替えるため、昭和四二年一二月二〇日頃被告に前記装置を発註し、被告は原告に対し右装置を代金一六万円、納品時に代金支払の約で売渡した。

二、しかるに原告は納品後価格が高いから安くしろとが、装置の調子が悪いからとか理由をつけて代金を支払わず、被告は止むを得ず原告に対し代金の半額である金八万円を支払うことを条件に前記装置を引取る旨申出たが、被告はこれを無視し、納品後約三カ月半位これを使用して返却して来た。

三、被告としては原告に対し右装置の売買契約に関し損害賠償請求権を有するので、原告から修理のため預かつていた前記ミシンを留置していたものであるが、昭和四四年一一月二七日西淀川警察署の訴外中川から原告が四万円位出すといつているから返還してやつて欲しいと言われ返還したものである。

四、以上の次第で原告の本訴請求は理由がない。

(抗弁に対する原告の答弁)

被告の抗弁は争う。

(立証関係)

本件記録中証拠関係目録記載のとおり。

理由

一、原告がミシン縫製業を営んでいるものであり、被告はスパロール製作所名でミシンの販売、修理を営んでいるものであること、原告が昭和四三年一月一二日被告に近藤製営業用動力高速ミシン機の改造修理方を依頼し、一週間乃至一〇日以内に修理する約で該ミシンを被告に引渡したこと、被告は右ミシンを修理せず且つ原告の再三、再四の返還請求にも拘わらずこれを留置し、昭和四四年一一月二七日未修理のまま返還したことは当事者間に争いがない。

二、そこで被告の抗弁につき判断するに、証人酒井清市、同大井信一郎の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、被告が従来一人で一台しか使用できなかつた工業用ミシンを一人で二台以上使用できる機械装置を製作する特註メーカーであること、昭和四二年一二月二〇日頃原告が被告に対し右装置を発註し、被告は原告に対し右装置を代金一六万円、納品時に代金支払の約で売渡したが、装置の調子が悪く三カ月位経過して原告は被告に右装置を返還したこと、右につき被告は原告に対し損害賠償を請求して原告から修理のため預かつていたミシンを留置していたことが認められる。

しかし、被告において右修理のため原告から預かつたミシンを留置しうるためには、原告に対する前記損害賠償請求権が右ミシンに関して生じたものであることを要するところ、原告の右損害賠償請求権は原告被告間の他の売買に関するものであるから、その間に関連性を有するものとは認めることができない。

よつて被告が原告に対し損害賠償請求権を有するか否か判断するまでもなく被告の抗弁は失当として採用できない。

三、してみると被告は原告に対し債務不履行の責を免れず、原告に対しその蒙つた損害を賠償すべき義務があるものといわねばならない。

しかして、証人武田充弘の証言、原告本人の供述を綜合すると、原告が被告に修理のため渡した近藤製営業用動力高速ミシンは修理目的が平三本針を平二本針にするための改造修理にあつて十分縫製の用にたえるものであつたこと、右ミシンを使用することにより得られる原告の純益は一日少なくとも金二、五〇〇円であつて一カ月のうち日曜祝日を除き二五日間使用可能で、一カ月の純益は少なくとも金六万二、五〇〇円であること、原告は被告から右機械を返還してもらえなかつたため、昭和四三年一月二二日から昭和四四年一一月二七日迄の間右ミシンを使用できず、その間の得べかりし利益の損失は

62,500円/月×(22月+5/30月)= 1,385,416円

であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

四、よつて原告は被告の債務不履行により右一三八万五、四一六円の損害を蒙つたものと認められるところ、その内金八二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年一一月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるから相当としてこれを認容し、訟訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(大阪地方裁判所)

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